3. 三次元積層造形プロセス
3.1 三次元積層造形プロセス
三次元積層造形技術を用いてインプラントを製造する場合のプロセスの例を図 3、図 4
及び図 5 に示す。骨形状データの撮影条件の例を参考として附属書 B に示す。
① 目的とするインプラントの三次元形状設計
・ CT、或いは MRI 等のデータから骨形状データをコンピュータ上に構築し、骨形状に最適なインプラントの三次元形状を設計
② 積層造形前の形状データの処理
・ 形状データの修正、造形時の配置・姿勢の決定、サポート生成などの造形に必要な前処理
・ 多孔体構造、三次元網目構造など積層造形で実現する形状の最適化
③ 積層造形装置にて造形
④ 表面研磨や熱処理等の仕上げ処理
図 3 三次元積層造形技術のプロセスの例
図 4 従来の鋳造技術と三次元積層造形技術の工程比較
図 5 人工膝関節大腿骨コンポーネントの三次元積層造形プロセスの例
3.2 患者データの取得から積層造形プロセスにおいて考慮すべき項目
(1) 患者の画像データを用いた三次元積層技術によるカスタムメイド整形外科用インプラント等に関する評価指標(平成 27 年 9 月 25 日付け薬食機参発 0925 第 1 号厚生労働省大臣官房参事官通知「次世代医療機器・再生医療等製品評価指標の公表について」別紙 3)、及び(2) 三次元積層技術を活用した整形外科用インプラントに関する評価指標(平成 26 年 9 月 12 日付け薬食機参発 0912 第 2 号厚生労働省大臣官房参事官(医療機器・再生医療等製品審査管理担当)通知「次世代医療機器・再生医療等製品評価指標の公表について」別紙 3 等を参考とした場合の、患者データの取得から積層造形プロセスまでにおいて、考慮すべき項目を表 2 に示す。
表 2 患者データの取得から積層造形までの造形プロセスにおいて考慮すべき項目
3.3 積層造形材の安全性評価のポイント
三次元積層技術を活用した整形外科用インプラントに関する評価指標(平成 26 年 9 月 12 日付け薬食機参発 0912 第 2 号 厚生労働省大臣官房参事官(医療機器・再生医療等製品審査管理担当) 通知「次世代医療機器・再生医療等製品評価指標の公表について」別紙 3)及び薬食機発第 0306004 号(平成 21 年 3 月 6 日)厚生労働省医薬食品局審査管理課医療機器審査管理室長「人工膝関節の審査ガイドラインについて」を参考とした場合の人工膝関節大腿骨コンポーネントに対する安全性評価のポイントを表 3 に示す。
急増する高齢者の骨折患者に使用される人工大腿骨頭置換術(BHA)に関しては、人工股関節全置換術(THA)との相違点及び人工大腿骨頭置換術で必要となる特性等を附属書 A に示す。人工肩関節上腕骨コンポーネント、人工指関節中手骨及び基節骨コンポーネント等に関しては、力学的負荷は小さくなる。
表 3 大腿骨コンポーネントの安全性評価のポイント
4. 力学的安全性等の評価の一例
製品開発等の促進のため、力学的安全性評価等に関する考え方、及び事務局が中心となり実施した実証試験結果を以下に示す。
(1) 金属粉末
Co-Cr-Mo 合金等の粉末粒子は、造形装置と造形物によって異なるが、レーザー積層造形の場合の球形の粉末粒子径では、45μm 以下が主に用いられている。金属粉末の粒度分布の表記例を表 4 に示す。また、レーザー積層造形用 Co-Cr-Mo 合金製粉末(XSP3)のイメージ及び粒度径分布の測定例を図 6 に示す。さらに、積層造形用金属粉末粒子径分布の測定方法を附属書 C に示す。Co-Cr-Mo 合金製粉末の価格は、鍛造材の 1 kg 当たりの単価以下となる傾向にあり、粉末の再使用回数も 20 回程度まで使用可能な状況になりつつある。
表 4 レーザー積層造形用金属粉末の粒子径分布の記載例
図 6 レーザー積層造形用 Co-Cr-Mo 合金製粉末のイメージ及び粒子径分布の例
(2) 化学成分
JIS T7402-1 では、コバルトクロム合金鋳造材の化学組成が示され、積層造形材でも同等の化学成分であることが期待される。
積層造形材と鋳造材の主成分元素と微量元素(質量%)の測定例を表 5(A 及び B の記号は図 7 参照) に示す。積層造形材と鋳造材での微量元素の差は、高感度の分析法を用いているため、原料等由来の元素が極くわずかに見られるが、耐食性、力学特性等に影響を及ぼす範囲に比べてかなり小さいと考えられる。
表 5 積層造形材と鋳造材の主成分元素と微量成分元素の測定例
主成分元素と微量元素の測定は、以下の方法により行った。
主成分元素の分析方法
Co、Cr、Mo、W:酸分解-誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析法
C、S:燃焼-赤外線吸収法
O:不活性ガス搬送融解-赤外線吸収法
N:不活性ガス搬送融解-熱伝導度法
H:不活性ガス搬送融解-熱伝導度法
微量元素の分析方法
GD-MS(グロー放電質量分析法)
(3) ミクロ構造
積層造形技術では、転位等の欠陥密度及び内部エネルギーが高い状態となる場合が多い。縦方向に造形した造形材の横断面の光学顕微鏡組織及び透過電子顕微鏡組織を図7及び図 8に一例として示す。図中の A、B 及び C は、ISO 5832-4、ISO 5832-12、JIS T 7402-1 及び JIS T 7402-2 に規格化され、インプラント等広く用いられている化学組成に準じた粉末を用い、レーザー積層造形した結果を示している(以後、A~F の記号は同様)。C は、積層造形後、750℃で1時間保持後空冷する焼鈍熱処理を行った試料である。積層造形材 C の粉末組成は、Cr:28.23%、Mo:5.84%、Mn:0.50%、 Si:0.46%、C:0.01%以下、Fe:0.04、N: 0.06%、Ti: 0.01%以下、W: 0.01%以下、P: 0.01%以下、
Al: 0.01%以下、S: 0.01%以下、Ni:0.04%である。
積層造形材の光学顕微鏡組織は、整形外科用鋳造材(D)、鋳造材の焼鈍材(E)及び鍛造まま材(F)と異なっている。鋳造組織に比べて、積層造形材では、全体が溶融し均一にならないので方向性を持った組織が見られる。図 8 に示した積層造形材(A)及び積層造形材(B)の透過電子顕微鏡組織では、急冷凝固により微細な組織となり、その結晶粒界(粒界の 3 重点付近)には、析出物(窒化物等)が存在している。σ相(脆化相)等の析出防止の観点から、Cr 濃度 30%以下が推奨される。鋳造材では、炭化物の析出により摺動部の摩耗特性の改善効果及びσ相の生成防止のため、炭素が添加される場合がある。窒素添加は、延性の向上とσ相析出の防止を期待している。
図 7 積層造形材、鋳造材、鋳造材の焼鈍材、鍛錬材の光学顕微鏡組織の比較例
析出物を同定するため、電解液として 10%アセチルアセトン-1%塩酸-メタノール溶液及び 10%硫酸-メタノール溶液を用いて定電流電解し、介在物の抽出を試みた。抽出残渣の X 線回折結果を図 9 に示す。今回の抽出条件では、母相のγ相が抽出残渣に含まれており、図 8 に示した析出物は、今回の析出条件では、母相のγ相から十分に分離抽出されなかったと考えられる。
図 9 抽出残渣の X 線解析結果の例
(4) 耐食性
内部欠陥等を含み、金属イオンの溶出量が上昇することが懸念されるため、加速試験溶液を用いた評価が推奨される。
(a) 酸化皮膜の観察
Co-Cr-Mo 合金表面に形成された酸化皮膜の観察結果を図 10 に示す。Co-Cr-Mo 合金表面には、約 1 nm の厚さの酸化皮膜が見られる。酸化皮膜の観察では、試料最表面の酸化皮膜を保護するため、真空蒸着装置にてカーボン膜を、また FIB 加工装置にてタングステン膜をコーティングした。その後、FIB マイクロサンプリング法にて試料を切り出し、FIB 加工で薄片化し、透過電子顕微鏡において酸化皮膜の状態を直接観察した。
図 10 酸化皮膜の観察例
この酸化皮膜により、生体内での金属イオンの溶出が防止できる。酸化皮膜の特性は、溶出
(静的浸漬)試験及びアノード分極試験等により評価できる。
(b) 溶出(静的浸漬)試験
溶出(静的浸漬)試験は、JIS T 0304 等により規格化され、生体内の模擬環境下で、金属材料から溶出する金属イオンの定量的なデータを提供することを目的とした試験である。苛酷抽出の条件の一例を以下に示す。
· 試 験 溶 液 :1 mol/L 塩酸+0.9%塩化ナトリウム(pH=2.0)
· 試 料 の 数 :3 枚以上
· 環境及び期間:37±1 ℃等、7 日間±1h
· 浸漬溶液量:例えば、試験片(幅:2 cm、長さ:4 cm、厚さ:0.1 cm)1 枚当たり 50 mL
· 元 素 分 析 :化学組成が 1 質量%以上の元素の定量分析
· 溶出イオン量(μg/cm2/7d)の測定
上記の条件で測定した1週間当たりの溶出イオン量を表 6 に示す。鋳造材に比べて、積層造形材の溶出量(μg/cm2)は、少なくなっている。1週間当たりの希塩酸溶液(pH=2, 0.01% HCl)での
Co-Cr-Mo(Co:66 質量%, Cr:28%, Mo:6%)合金鋳造材の溶出量は、0.5μg/cm2 との報告(1)がある。
表 6 希塩酸及び希塩酸生理食塩水(pH=2)の溶出イオン量の比較
文献(1)Okazaki,Gotoh, Metal release from stainless steel, Co–Cr–Mo–Ni–Fe and Ni–Ti alloys in vascular implants, Corrosion Science 50 (2008) 3429–3438.
(c) 耐食性の電気化学的評価試験
生体内で使用する金属材料の耐食性を、電気化学的に評価する方法には、主に以下の 2 つの試験がある。その中では、アノード分極試験が広く行われている。
1) 動電位測定(アノード分極測定): JIS T 0302
2) 交流インピーダンス測定
樹脂包埋せずに薄板状試料を用いて測定できるアノード分極試験用セル等を図 11 に示す。図に示した試料ホルダーは、比較的高価なフラットセルに代わり今回作製したものである。この試料ホルダーの詳細は、附属書 D の末尾に示す。試料及びアクリルとガスケットの間には、ワセリンを塗布することで水分の侵入を防止できる。交流インピーダンス測定は、技術が新しいため、測定の原理等について附属書 D に示す。
図 11 アノード分極試験用セル等
(5) 機械的性質
JIS T 7402-1 に適合することが推奨される。実証試験で用いた力学試験片を図 12 に示す。積層造形方向は、縦方向とした。積層造形材、鋳造材、鋳造材の焼鈍材及び JIS T 7402-2 に準じた鍛造材の室温引張り試験結果の比較を表 7 に示す。
図 12 力学試験片の形状
JIS T 7402-1 では、0.2%耐力:450 MPa 以上、引張強さ:665 MPa 以上、破断伸び:8%以上とされている。積層造形材(3 条件)は、JIS T 7402-2 に規定されている鍛造材(熱間加工材)に近い機械的性質を示すことがわかる。
試験速度:0.2%耐力測定まで、0.5 %/min (ひずみ制御)
以降破断まで、3 mm/min (ストローク制御)
表 7 室温引張り試験結果(n=3~5)
(6) 疲労特性
内部応力の集中、内部欠陥等が含まれるため、疲労特性の把握が推奨される。大気中での疲労試験により得られた、積層造形材、鋳造材、鍛造材の S-N 曲線(縦軸に最大負荷応力(S)を等間隔目盛で、横軸に破断までの繰り返し数(N)を対数目盛で表示した曲線)の比較を図13に示す。
S-N 曲線において、疲労強度は、横軸に水平となる場合の最大負荷応力の値か、或いは 107 回の繰り返し数における最大負荷応力となる。図中の A~C はレーザー積層造形材の結果を示している。JIS T 7402 シリーズに準拠したインプラント用 Co-Cr-Mo 合金鍛造材及び Co-Cr-Mo 鋳造材(人工股関節ステム、D)の結果を△及び▲で示している。Co-Cr-Mo 合金の積層造形材は、鋳造品と比較して、107 回の疲労強度が高くなることがわかる。一方、繰り返しの急冷効果のみでは、鍛錬の効果が十分ではないため、鍛造まま材(F)よりは疲労強度が低くなる。
積層造形材は、直径 9 mm、長さ 50 mm の丸棒試料を縦方向に造形し、図 12 に示した同一形状の引張及び疲労試験片を作製した。疲労試験の条件は、JIS T 0309 に準じ、大気雰囲気中、サイン波を用いて、負荷応力(最小/最大)比=0.1、周波数 10 Hz の条件とした。比較のため、鍛造材及び鍛造後の焼鈍材の疲労特性を附属書 E に示す。
図 13 Co-Cr-Mo 合金の疲労特性(S-N 曲線)の測定結果
(7) 人工膝関節大腿骨コンポーネントの耐久性評価
人工膝関節大腿骨コンポーネントを用いた耐久性評価の治具の例を図 14 に示す。繰り返し荷重(荷重制御)による試験が一般的となる。試験冶具の検討のため、図 14(b)に示した冶具を用いた場合、大気雰囲気中、サイン波を用いて、負荷荷重(最小/最大)比=0.1、周波数 3 Hz の条件で耐久性試験が可能である。
図 14 大腿骨コンポーネントの耐久性試験治具の例
(8) 人工膝関節摺動部の摩耗特性評価
人工膝関節摺動面の摩耗特性は、ISO 14243-1, ISO 14243-2, ISO 14243-3 に準じたシミュレータ試験により評価できる。人工膝関節大腿骨コンポーネント積層造形材を用いた摩耗試験データは少なく、データの構築が待たれる。
オーストラリアレジストリー(Australian Orthopaedic Association National Joint Replacement
Registry Annual Report 2016 (AOA), https: //aoanjrr.sahmri.com) によると、最初の手術からの
10 年後の再置換率に及ぼす超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)に対するクロスリンク処理
(XLPE)の影響を考察できる。65 歳未満では、クロスリンク処理の影響が顕著にみられる(図 15 参照)。特に、再置換の第一の原因であるゆるみ/骨溶解の減少には、クロスリンク処理が効果的となる。
図 15 最初の人工膝関節手術からの経過年数における再置換率に及ぼすクロスリンク処理の影響
(9) 生物学的安全性
整形インプラント分野の生物学的安全性の評価試験の項目を表 8 に参考として示す。積層造
形材の生物学的安全性の評価試験データは少なく、データの構築が待たれる。
「医療機器の生物学的安全性試験法ガイダンス 第 2 部 感作性試験」(平成 24 年 3 月 1 日付け薬食機発 0301 第 20 号厚生労働省医薬食品局審査管理課医療機器審査室長通知「 医療機器の製造販売承認申請等に必要な生物学的安全性評価の基本的考え方について」別添)において、金属材料等を構成する金属のイオンとしての感作性が、適切な感作性試験によって既に確認されている場合には、あらためて試験を実施する必要はないとされている。また、加速試験の例として、酸(希塩酸など)による苛酷条件で抽出し、中和して(水酸化ナトリウムなどによる中和)pH を中性付近にした金属イオンと金属沈殿物微粒子から成る懸濁液について、感作性の強さを評価することが示されている。
金属イオンの溶出量及び耐食性の電気化学的評価等により、既承認品に比べて、溶出量及び耐食性が同等以上で、微量元素の著しい増加がなく、化学成分の量が規格値を満足する場合には、既承認品に比べて非劣性を示すことはなく、生物学的安全性は、許容範囲内にあると考えられる。
表 8 生物学的安全性の評価項目
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